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山口地方裁判所下関支部 平成2年(ワ)69号 判決

原告

山田一郎

右法定代理人親権者父

山田夏男

右法定代理人親権者母

山田春子

右訴訟代理人弁護士

田川章次

臼井俊紀

被告

右代表者法務大臣

三ヶ月章

右訴訟代理人弁護士

中野昌治

右指定代理人

水津憲治

外四名

主文

一  被告は、原告に対し、金五六六九万五二九四円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金一億二二一三万二五六四円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告が雇用する医師らが、原告が血友病であることに気付かないまま腰椎穿刺を実施して髄液を採取した結果、原告の両下肢に弛緩性対麻痺が生じたとして、選択的に債務不履行(民法四一五条)または不法行為(国家賠償法一条ないし民法七一五条)に基づき、損害の賠償を求めた事案である。

一争いのない事実

1  当事者等

原告は、山田夏男、春子夫婦の二男として昭和六二年六月九日に生まれた。

被告は、山口県下関市内で国立下関病院(以下「被告病院」という。)を経営し、医療行為を行っている。甲(以下「甲」という。)及び乙(以下「乙」という。)は、被告病院に勤務する医師である。

2  原告に弛緩性対麻痺が生じた経緯等

(一) 原告は、昭和六三年二月一五日、前額部の腫脹、眼瞼の斑状出血について被告病院小児科で乙の診察を受けた。乙は、出血傾向検査をするために原告から採血した後、翌日来院するように指示して原告を帰宅させた。そして、乙は、採取した血液を被告病院研究検査科の検査に付した。右検査結果によれば、原告の活性部分トロンボプラスチン時間は、89.5(基準値は四〇以下)secであった。翌一六日午前、原告は、被告病院で乙の診察を受け、乙は、原告の母親に対して、同月一八日に再受診するよう指示した。原告は、同月一八日午前、被告病院で乙の診察を受けたところ、乙は、原告の体温が三八度三分であったことから、感染症を考えて、抗生物質と解熱剤を投与した。原告は、同月二〇日、被告病院で甲の診察を受けたところ、甲は、原告の症状から化膿性髄膜炎を疑った。そこで、甲は、髄液検査をするために腰椎穿刺を実施することにして、原告の母親に対し、家族に血のとまりにくい人がいないかを尋ねたところ、原告の母親は、いない旨答えた。そして、甲及び乙は、腰椎穿刺を実施して髄液を採取し、原告は、被告病院に入院した。翌二一日朝、原告に、両下肢の弛緩性対麻痺(下肢の弛緩性麻痺、下肢の知覚障害、膀胱直腸障害)が生じた(以下「本件事故」という。)。

(二) 原告は、同年三月八日、山口大学医学部付属病院小児科に転入院し、同月一〇日、原告は、血友病A(内因系因子の第八因子が欠乏しているもの)に罹患していることが判明し、同月一三日、両下肢の弛緩性麻痺は、脊椎レベル(第一二胸椎、第一〜五腰椎)で脊椎を取り囲む形で生じた血腫が脊髄神経を圧迫したことに因ることが明らかとなった。

二争点

(原告の主張)

1 腰椎穿刺と弛緩性対麻痺との因果関係

原告は、血友病Aであったところ、腰椎穿刺により髄腔内もしくは髄膜周辺の血管が傷付いて出血し、これが止まらず血腫となり、脊髄が圧迫されて弛緩性対麻痺が生じた。

2 乙、甲の過失

(一) 乙は、昭和六三年二月一五日、原告の主治医として、原告の出血傾向の有無を確認するために被告病院研究検査課の血液検査に付したところ、その検査結果で活性部分トロンボプラスチン時間が異常値(この場合、内因系の凝固因子の欠乏を原因とする出血傾向がある。)を示しており、乙は、この検査結果を同月一六日か、そうでなくとも同月一八日には知ることが可能であったのであり、従って、それを知れば、引続き欠乏因子特定の検査を行って原告の血友病Aを確認することが可能であり、従ってまた、乙及び甲は、同月二〇日腰椎穿刺を行う前に適当な凝固因子を補充して出血による血腫の発生を防止することが可能であったのであるから、乙及び甲には、右検査結果を確認し、欠乏因子の特定検査をして凝固因子の補充をするべき注意義務があったというべきところ、両名は、これを怠り、活性部分トロンボプラスチン時間が異常値を示していることを見落とし、その後の欠乏因子検査と凝固因子の補充をなし得なかった過失がある。

3 損害 合計金一億二二一三万二五六四円

(一) 逸失利益 金三四三五万七七七四円

(二) 将来の介護費用 金六一七七万四七九〇円

(三) 慰謝料 金二〇〇〇万円

(四) 弁護士費用 金六〇〇万円(被告の主張)

1 腰椎穿刺と弛緩性対麻痺との因果関係について

不知

2 乙、甲の過失について

乙は、原告を診察した当初から、特に異常と思われる所見は発見しえなかったが、念のため、出血傾向の有無を慎重に観察していたところ、翌日からの経過を見る限り、出血傾向を疑わせる所見はなかった。そして、腰椎穿刺を実施する際、通常は、出血傾向検査は実施しないし、また、甲が問診をしたところ原告の家族に出血性素因のある者はいなかった。

また、仮に、出液障害に気が付いていたとしても、原告は腫脹等が拡大していなかったのであるから、凝固因子を投与しながら腰椎穿刺を実施する必要はなく、乙及び甲のとった処置には何ら問題がなかった。

そして、乙及び甲に対し、それ以上の注意義務を課すことは、臨床医学の実践における医療水準を大きく逸脱するものとなり妥当でない。

したがって、乙及び甲には過失がない。

3 損害について

争う。

第三争点に対する判断

一腰椎穿刺と弛緩性対麻痺との因果関係について

原告の弛緩性対麻痺の原因は、脊椎周囲の血腫である(争いのない事実2の(二))ところ、右麻痺は、腰椎穿刺の翌朝から生じており、証拠(〈書証番号略〉、証人乙、同甲、同林、原告法定代理人山田春子)及び他に右血腫の原因は証拠上窺えないことによれば、右血腫は、腰椎穿刺により髄腔内もしくは髄膜周辺の血管が傷ついて出血し、これが止まらずに血塊を形成したことにより生じたことが認められる。

二乙、甲の過失について

1  前記争いのない事実と証拠(〈書証番号略〉、証人乙、同甲、同林、同金原、同白幡、原告法定代理人山田春子、調査嘱託)によれば、原告は、昭和六三年二月一一日、原告の姉(四歳)が投げた玩具の消防車(長さ一五cm、幅一〇cm、高さ一〇cmくらい、プラスチック製)が顔面にあたったところ、翌一二日に前額部が腫脹し、翌一三日から眼瞼に斑状出血を生じたこと、乙は、同月一五日、原告を診察してその症状から出血傾向検査をすることとしたこと、同日採取した血液をもとに被告病院研究検査科で実施した出血傾向検査の結果が翌日には出ており、活性部分トロンボプラスチン時間が通常は四〇sec以下であるところ、89.5secと異常値を示していたこと、右検査の結果票はカルテに挟まれていて、乙及び甲は、遅くとも同月一八日までには右の異常数値を確認することが可能であり、それを知れば、同月二〇日までには、凝固因子のどの因子が欠乏しているかを確認するための検査ができ、腰椎穿刺を実施する際に欠乏している因子を補うことが可能であったこと、甲は、同月二〇日、原告に発熱と項部強直があるところから化膿性髄膜炎を疑い、その確認のために腰椎穿刺により髄液を採取することとしたこと、出血傾向のある患者に腰椎穿刺をしなければならないときは、凝固因子を入れながら行うのが相当であること、乙及び甲は、原告の血液検査結果票中の活性部分トロンボプラスチン時間の異常数値を見落としてそれに続く検査をしないまま、腰椎穿刺を実施したことが認められる。

2 右事実によれば、乙及び甲には、原告の血液検査の結果の異常数値を確認し、それに基づく検査を続行すべき注意義務があったというべきであるところ、乙及び甲は、軽率にも右検査結果を見落としてしまい、これがため、以後の検査を実施せず、血友病Aを発見し得ずして、それがため、凝固因子を補充しないまま、腰椎穿刺を実施したのであるから、両名に過失があったことは明らかである。

被告は、乙らの過失の存在を争うが、乙は、初診時の原告の症状から出血傾向の可能性を疑って血液検査に付することとしたのであり、その検査結果は「検査結果票」を見ることによって容易に知り得たのであるから、乙が右結果の確認義務を負うべきことは明白であり、また、甲が化膿性髄膜炎を疑って腰椎穿刺による髄液採取を決めたこと自体は相当であるとしても、その前にカルテに挟まれた血液検査結果票によって検査結果内容を確認すべき義務を負うべきことも明らかである。

したがって、被告は、民法七一五条に基づき原告の損害を賠償すべき義務がある(被告病院での乙及び甲の医療行為が国家賠償法一条にいう公権力の行使に該当するとはいえないから、同法の適用はない。)。

三損害について

1  逸失利益 金一七一七万七七四九円

証拠(〈書証番号略〉、証人林、同金原、原告法定代理人山田春子)によれば、原告は、本件事故により、両下肢の不全麻痺、知覚障害と直腸膀胱障害があり、独立歩行や自力排泄が困難であって付添看護が必要な状態(労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表でいえば、第二級の二の二(神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの)及び第二級の二の三(胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し、随時介護を要するもの)に相当する。)にあり、これらの神経障害自体の回復の可能性はほとんどないこと、しかし、上半身は正常に機能しており、ことに知的障害は全くないことが認められるところ、これら事実に、原告はいまだ幼児であって、将来の正確な長期予測は不確定要素が多くて困難であることも考慮すれば、原告は、労働能力の五割を喪失したと認めるのが相当である。そこで、本件事故当時生後八か月であった原告の一八歳から就労可能な六七歳までの逸失利益について、昭和六三年賃金センサスの男子労働者の産業計・企業規模計・学歴計の全年齢平均年収額金四五五万一〇〇〇円をもとに、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の現価を計算すると、金一七一七万七七四九円となる。

2  将来の介護費用 金一八五一万七五四五円

(一) 前記1の認定事実と証拠(〈書証番号略〉、証人林、同金原、原告法定代理人山田春子)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、両下肢の不全麻痺により両足関節の変形拘縮や内反尖足を生じ、知覚障害とも相まって、自然歩行は不能であるが、大腿部の持ち上げは可能となり、膝から下に短下肢補装具を装着すれば、緩慢ながら二〇メートルくらい直進歩行が可能となっている。

(2) 排便は、緩下剤ないし浣腸に頼っており、尿は、膀胱が充満するころを見計らって原告の母が下腹部を押して排出している。

(3) 現在、原告は、排泄障害のため母の付添いを条件にして幼稚園に通園しており、原告の母は、平成六年四月からも自らが付添って小学校の普通学級へ通学させたいと考えている。

(4) 原告は、坐位をとることに支障はなく、両腕、両手指の機能も完全であり、知的障害もないから、将来的には、成長するにつれて、補装具、松葉杖、車椅子等による自力移動の可能性が増大し、腕のみによる自動車の運転も可能となり、人工的排泄も自力で処理できるようになると予想される。

(二) 右認定事実によれば、原告は、少なくとも就労可能となる満一八歳に達するまで母ら親族による付添介護を要すると認めるのが相当である。

そこで、近親者の付添費用は一日金四五〇〇円とするのが相当であるから、これをもとに満一八歳までの一七年間の付添介護費用について、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除した現価を求めれば、金一八五一万七五四五円となる。

3  慰謝料 金一八〇〇万円

本件訴訟に現れた資料を総合勘案すると、原告に対する慰謝料は、金一八〇〇万円が相当である。

4  弁護士費用 金三〇〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、金三〇〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

原告の請求は、損害賠償金五六六九万五二九四円及びこれに対する昭和六三年二月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

仮執行の免脱宣言は、相当でないので付さない。

(裁判長裁判官仲渡衛 裁判官飯田恭示 裁判官磯貝祐一)

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